伊藤晴雨と聞いて、まず縄で縛られた女性を描く「責め絵」や「縛り絵」を思い浮かべる人は多いでしょう。
しかし、晴雨の画業はそれだけではありません。怪談に登場する幽霊や妖怪を描き、さらに江戸時代の服装、祭り、見世物、刑罰、捕物、芝居などを調査し、数多くの風俗画や研究資料を残しました。
一見すると、縄、幽霊画、江戸風俗研究は、まったく異なる分野のように見えます。しかし、その根底にあったのは、過去の物語や人間の身体を、自らの観察によってもう一度よみがえらせようとする姿勢でした。
新聞挿絵から始まった「物語を見せる」画業
伊藤晴雨は1882年、東京・浅草に生まれました。若い頃から芝居小屋に出入りし、看板絵を描いたのち、新聞社で講談や小説の挿絵、演劇評などを担当します。
新聞挿絵に求められるのは、単に美しい絵を描くことではありません。物語の重要な一瞬を選び、登場人物の感情や状況を、読者にひと目で伝える必要があります。
晴雨はこうした仕事を通して、恐怖、苦痛、恨み、緊張といった強い感情を、人物の姿勢や表情によって表現する技術を身につけました。江戸東京博物館も、晴雨について、時代背景まで忠実に描きながら物語の一瞬を切り取った画家であると紹介しています。
この「物語を一枚の絵にする力」は、後の責め絵にも、幽霊画にも共通しています。
晴雨にとっての縄は、身体を観察するための線だった
晴雨の責め絵や縛り絵では、縄は単なる刺激的な小道具として描かれているわけではありません。
縄が身体のどこを通り、どこで交差し、身体の重心や姿勢をどのように変えるのか。着物がどこで崩れ、筋肉や皮膚にどのような緊張が生まれるのか。晴雨は、そうした細部を観察し、画面の中に再構成しました。
彼が描いたのは、抽象的な「苦しむ女性」ではなく、特定の状況に置かれた身体です。縄によって制限された身体の角度や、指先の力、髪や衣服の乱れが、絵の中の出来事を具体的に伝えています。
つまり晴雨にとって縄は、身体を拘束する道具であると同時に、人体の動きや感情を可視化する「線」でもあったと考えられます。
この表現を支えたのが、江戸時代の捕縄術や刑罰、拷問、風俗に対する関心でした。晴雨は過去の資料を読むだけでなく、衣装や道具、身体の状態を可能な限り具体的に確かめようとしました。
その姿勢は、画家というより、再現実験を行う研究者に近いものでもありました。
幽霊画にも表れた身体への観察眼
晴雨は「責め絵の画家」として知られる一方、多くの幽霊画も残しています。
東京・谷中の全生庵には、五代目柳家小さんから寄贈された晴雨の幽霊画が所蔵されています。2016年に江戸東京博物館で開催された展覧会では、「皿屋敷のお菊」「猫の怪談」「盂蘭盆会の亡者」など、全19幅が紹介されました。
晴雨の幽霊は、単に顔を恐ろしく変形させた怪物ではありません。
力を失って垂れた手、宙に浮くような姿勢、乱れた髪、青白い顔、恨みや悲しみを残した視線。生きている人間の身体を深く観察していたからこそ、その反対にある「生気を失った身体」も説得力を持って描けたのでしょう。
責め絵が、縄によって自由を奪われた身体を描くものだとすれば、幽霊画は、命や重力、時間から切り離された身体を描くものともいえます。
どちらにも共通しているのは、通常の状態から外れた身体です。
縛られた身体も、幽霊の身体も、日常的な姿勢や動きから逸脱しています。晴雨はその異常な状態を、細かな観察と演劇的な構図によって、見る者の前に出現させました。
怪談と芝居がつないだ責め絵と幽霊画
晴雨の幽霊画には、歌舞伎や落語、講談との深い関係もあります。
晴雨は若い頃から芝居小屋に親しみ、新聞社では演劇評や物語の挿絵を手がけていました。そのため、幽霊を単独の怪物として描くのではなく、怪談の一場面として見せることを得意としていました。
江戸東京博物館も、晴雨の幽霊画について、歌舞伎や落語で知られた怪談の場面を描き、舞台芸術や演芸界との関係が表れた作品だと説明しています。
江戸の怪談では、幽霊が現れる背景に、裏切り、嫉妬、殺人、身分差、女性への抑圧など、人間社会の問題があります。
責め絵にもまた、捕縛、刑罰、権力、服従といった物語が含まれています。
晴雨の作品において、幽霊も縛られた女性も、ただ鑑賞される身体ではありません。何らかの事件を経験し、その記憶を身体に刻まれた存在なのです。
江戸風俗研究は、絵のリアリティを支える土台だった
晴雨は、江戸時代の衣服や髪形、祭礼、見世物、芝居、犯罪、刑罰などを長年研究しました。
その成果の一つが、『いろは引 江戸と東京風俗野史』です。江戸東京博物館では、この著作をはじめとする出版物や日本画を通して、晴雨が行った江戸時代の考証と風俗研究が紹介されています。
晴雨にとって時代考証は、作品をもっともらしく見せるための飾りではありませんでした。
どの時代にどのような着物が着られていたのか。縄はどのように使われたのか。罪人はどのような姿で連行されたのか。芝居小屋や寄席では、人々はどこに座り、何を見ていたのか。
こうした細部を調べることで、すでに失われつつあった江戸の生活を、絵の中に再現しようとしたのです。
責め絵に描かれる縄や着物にも、幽霊画に描かれる髪形や背景にも、風俗研究で培われた知識が生かされています。
そのため晴雨の絵には、幻想的でありながら、どこか実際にあった出来事のような生々しさがあります。
縄と幽霊に共通する、目に見えない力
縄には、人間の身体を動けなくする力があります。
一方、幽霊には、恨みや記憶によって、生きている人間を過去に縛りつける力があります。
晴雨の作品では、縄も幽霊も、目には見えにくい支配や執着を、具体的な姿として現す役割を果たしています。
縄によって緊張する身体。恨みによってこの世に残る幽霊。過去を忘れまいとして江戸の資料を集める画家。
そのすべてに、「人を縛るもの」という共通した主題を見ることができるのではないでしょうか。
責め絵だけを見れば、伊藤晴雨は倒錯的な題材を描いた画家に見えるかもしれません。
しかし、幽霊画や江戸風俗研究まで視野を広げると、そこには身体、物語、歴史を執拗に観察し、失われる前に描き残そうとした一人の記録者の姿が浮かび上がります。
晴雨が縄で結びつけようとしたのは、女性の身体だけではありません。
江戸と東京、生者と死者、現実と物語――その間でほどけていく記憶そのものを、絵の中につなぎ留めようとしていたのかもしれません。













