スプランクノフィリア(Viscerophilia)とは何か
――臓器や内臓に惹かれる嗜好を、文化と心理の視点から読み解く――
「人の身体の中身に惹かれる」という感覚は、多くの人にとって理解しづらく、時に強い嫌悪感を伴うものでもある。しかし一方で、解剖図や人体模型、臓器をモチーフにしたアートに強い関心を抱く人が一定数存在することも事実だ。こうした嗜好は、心理学やフェチ研究の文脈ではスプランクノフィリア(Viscerophilia)と呼ばれることがある。
本記事では、このスプランクノフィリアという概念について、誤解を避けながら、学術・文化的な視点から紹介していく。
スプランクノフィリアの定義
スプランクノフィリア(Viscerophilia)とは、内臓や臓器といった身体内部の構造に対して、強い関心や嗜好的な魅力を感じる傾向を指す言葉である。語源はラテン語の viscera(内臓) に由来する。
重要なのは、この嗜好が必ずしも「性的行為」や「現実の身体への加害」を意味するものではない、という点だ。多くの場合、関心の対象は以下のような表象に向けられる。
- 医学的な解剖図
- 人体模型や標本
- フィクションやイラスト
- アート作品としての臓器表現
つまり、現実の行為ではなく、知的好奇心・美的感覚・象徴的イメージとして惹かれるケースが大半である。
「異常」ではなく、分類上の言葉
スプランクノフィリアは、DSM(精神疾患の診断基準)などで正式に診断名として定義されているものではない。そのため、医学的に「病気」や「障害」とされるものではなく、あくまで嗜好を分類するための概念的な言葉に近い。
フェティシズム研究では、人がどのような対象にエロスや魅力を感じるかは非常に多様であり、足、匂い、素材、状況、関係性など、必ずしも一般的な「性行為」とは直結しない対象が多く含まれる。臓器嗜好も、その延長線上にあるものとして理解される。
なぜ「内臓」に惹かれるのか
心理学的には、いくつかの仮説が考えられている。
1. タブー性と反転したエロス
内臓は「本来見てはいけないもの」「隠されるべきもの」とされてきた。そうしたタブー性そのものが、強い感情や魅力を喚起する場合がある。
2. 身体のリアリティへの関心
皮膚の奥にある構造は、「生きているとは何か」「人間の実体とは何か」を直感的に示す存在でもある。臓器への関心は、生命や存在そのものへの探究心と結びつくことがある。
3. 美術・象徴表現としての内臓
現代アートやホラー表現では、臓器はしばしば感情や欲望、恐怖を象徴するモチーフとして用いられる。必ずしも性的な意味ではなく、象徴的・美的対象として惹かれるケースも多い。
ネクロフィリアやゴア嗜好との違い
スプランクノフィリアは、しばしばネクロフィリア(死体性愛)やゴア嗜好と混同されがちだが、これらは本来別の概念である。
- ネクロフィリア:死体そのものに執着が向かう嗜好
- ゴア嗜好:流血や破壊的表現に対する嗜好
- スプランクノフィリア:臓器・内臓という構造や象徴への関心
重なり合う部分が語られることはあるものの、同一視するのは適切ではない。
表現と現実を切り分けて考える
臓器嗜好について語る際に最も重要なのは、表現としての関心と、現実の行為を明確に切り分けることである。多くの人にとってこれは、空想や芸術、物語の中で完結する嗜好だ。
ホラー映画や人体展示、医学イラストが広く受け入れられていることからも分かるように、人は必ずしも「安全で美しいもの」だけに惹かれるわけではない。恐怖や嫌悪と隣り合う感情の中に、強い魅力が生まれることもある。
おわりに
スプランクノフィリアは、センセーショナルに扱われがちなテーマである一方、身体観・生命観・表現文化を考えるうえで興味深い視点を提供してくれる概念でもある。理解できないからといって排除するのではなく、「なぜ人はそう感じるのか」を考えることで、人間の欲望や感性の多様さが見えてくる。
特殊性癖という言葉の奥には、単なる刺激ではなく、文化や心理の層が確かに存在しているのだ。













