デニス・ニルセン事件とは何だったのか
― 遺体と同居した男が示した、孤独と関係喪失の恐怖 ―
はじめに
連続殺人事件は、多くの場合「残虐性」や「異常性」によって語られます。
しかし、1980年代のイギリスで発覚したデニス・ニルセン事件は、そのどちらとも少し異なる性質を持っています。
この事件の核心にあるのは、
暴力的快楽ではなく、極端な孤独と、人との関係を失うことへの恐怖でした。
本記事では、刺激的な描写を避けながら、
事件の経緯と心理的・社会的構造を整理します。

事件発覚のきっかけ ― 排水管トラブル
事件が表面化したのは、1983年2月のことです。
ロンドン北部のアパートで、排水管の詰まりが発生しました。
設備点検の過程で、
通常では考えにくい異物が確認され、
管理会社を通じて警察に通報が行われます。
住人の証言によると、
当時、夜中に階段を何度も往復する足音が聞こえていたといいます。
その足音は最上階の一室へと続いていました。
そこに住んでいたのが、当時37歳の公務員、デニス・ニルセンでした。
警察が事情を説明し、自宅の確認を求めると、
ニルセンは抵抗することなく応じます。
その結果、長期間にわたる犯行の痕跡が明らかになりました。
デニス・ニルセンの生い立ち
ニルセンは1945年、スコットランド東部の漁村に生まれました。
幼少期に父親と別れ、特に強い影響を受けたのが、
父親代わりだった祖父の死です。
当時、彼は「死=永遠の別れ」という概念を十分に理解できず、
後になって祖父が戻らない事実を知り、
大きな衝撃を受けたと語っています。
ニルセン自身は後年、
「その時から感情が止まってしまった」と振り返っており、
別れを現実のものとして受け入れられない心理傾向が、
早い段階で形成されていたことがうかがえます。
人間関係の断絶と孤独の固定化
成長後、ニルセンは軍隊や警察といった組織に所属しますが、
長期的な人間関係を築くことができませんでした。
一時的に同居していた人物が去った後、
彼は強い孤独感に襲われたとされています。
この時期から、
「誰かと同じ空間で暮らすこと」そのものが目的化していきました。
重要なのは、
それが恋愛や対等な関係ではなく、
関係が終わらない状態を求める方向へ向かっていた点です。
特殊性癖として語られるネクロフィリアの実態
ニルセン事件は、しばしばネクロフィリア(死体性愛)という言葉で説明されます。
ただし、犯罪心理学の視点では、
単純な性的嗜好として理解されていません。
- 性的快楽が主目的ではない
- 拒絶されない存在への安心感が重視されていた
- 生きた人間関係への強い不安が背景にある
彼の行動は、
人との関係を維持できない恐怖が歪んだ形で表出したもの
と考えられています。
「遺体と同居する」という行為が示す事件の本質
ニルセン事件を最も象徴しているのが、
殺害後も被害者を生活空間に留めていたという点です。
この行為は、
暴力的支配やサディズムとは性質が異なります。
- 相手を威圧するためではない
- 苦痛を与えることが目的ではない
- 「一人ではない状態」を維持するための行動
犯罪心理学では、
この行為は
関係を壊れない形に固定しようとする欲求の極端な表れ
と分析されています。
ニルセンにとって、殺害は関係の終点ではなく、
関係を終わらせないための手段でした。
事件が投げかけた社会的な問い
この事件は、
単なる個人の異常性では説明しきれません。
- 都市部における孤立
- 周囲が異変に気づきにくい生活環境
- 社会的セーフティネットの脆弱さ
デニス・ニルセン事件は、
孤立が長期間放置されたとき、何が起こり得るのかを
静かに示しています。
まとめ
デニス・ニルセン事件は、
猟奇性や特殊性癖だけで消費されるべき事件ではありません。
「遺体と同居する」という行為が示しているのは、
人が人と健全な関係を築けなくなったときの脆さです。
事件を理解することは、
人間関係や社会構造を見直すための一つの手がかりになります。
関連作品としてNetflixでも視聴できる
この事件については、Netflixで配信されている
殺人者の記憶:デニス・ニルセンが残したテープ
でも取り上げられています。
本作は、刺激的な再現を避け、
本人の音声記録を中心に構成している点が特徴です。
文章で事件の構造を理解したうえで視聴すると、
孤立と関係喪失の問題がより立体的に浮かび上がるでしょう。













