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「好き」を恥にしない、武器にしない|feti+Plusが作りたい場所

「好き」を語ろうとした瞬間に、なぜか手触りが変わってしまう。
本当はもっと繊細で、もっと個人的で、もっと揺れているはずなのに、言葉にした途端に「それっぽい何か」に回収されてしまう。

feti+Plusは、アングラやサブカル、フェティッシュな感性を“煽る”メディアではなく、「好き」を安心して置ける場所でありたいと思っています。
この記事は、そのための看板です。フェチ・趣味・嗜好を語るという行為が、なぜ難しくて、なぜ大切で、どこで誤解されやすいのか。いまのSNS時代を含めて、丁寧に言葉にしてみます。

※本記事は「嗜好や表現の語り方」を扱う内容で、特定の行為や過激な表現を推奨するものではありません。安心・尊重・合意を前提に、文化やコミュニケーションとしての視点でまとめます。


なぜ言葉にするとズレるのか:体験は“言語の外側”にある

「好き」は、しばしば理屈より先に立ち上がります。
たとえば、映像の質感、衣装のディテール、音、匂い、距離感、視線、空気の温度。そこに“理由”がある前に、先に心が反応してしまうことがある。つまり「好き」は、言葉で説明するために生まれていない場合が多いんです。

ズレが生まれる理由は、だいたいこのあたりに集約されます。

  • 体験が多層すぎる:美しさ・怖さ・安心・高揚・ノスタルジーが混ざっている
  • 文脈に依存する:「それ単体」ではなく、状況や関係性とセットで成立する
  • 身体感覚に近い:言語化する前に身体が理解している
  • 社会のラベルが強い:「こう言うとこう見られる」が先に浮かぶ
  • 言葉が“固定”してしまう:揺れていたものが、定義された瞬間に硬くなる

だから、言葉にするほど本当の姿から遠ざかることがある。
それでも私たちが語ろうとするのは、「好き」が人と人をつなぐ可能性を持っているからです。


共感と誤解の分岐点:「伝わる」と「決めつけられる」の間

嗜好を語るとき、いちばん難しいのはここです。
「わかる!」と受け取られる瞬間がある一方で、「つまりこういうこと?」と乱暴に要約される瞬間もある。

共感と誤解を分けるのは、たいてい“言葉の粒度”です。

1)ラベルだけで言うと、誤解されやすい

「フェチです」「こういうのが好きです」だけだと、受け手は自分の経験で補完します。
補完が当たれば共感、外れれば誤解。ここは運の要素が強い。

2)“何に反応しているか”を少しだけ具体化すると、伝わりやすい

行為の話ではなくてもいい。
「質感」「雰囲気」「距離」「世界観」「美意識」「ストーリー性」みたいな、自分の反応ポイントを添えるだけで、話は急に安全になることがあります。

3)境界線(ここから先は言いたくない)も言葉にしていい

自己開示は、全部さらけ出すことじゃない。
「ここまでなら話せる」「ここは個人的だから伏せたい」を明確にするのは、むしろ誠実です。

“語り方”は、嗜好そのものと同じくらい大事。
feti+Plusがやりたいのは、誰かを分類することではなく、語り方の選択肢を増やすことです。


SNS時代の自己開示:拡散されるのは「説明」ではなく「断片」

SNSは便利です。好きなものを共有できるし、仲間も見つかる。
でも同時に、嗜好の自己開示を難しくした面もあります。

  • 断片が切り取られる:前後の文脈やニュアンスが抜け落ちる
  • アルゴリズムが強い言葉を選ばせる:刺激の強さ=届きやすさになりがち
  • “理解”より“立場表明”が優先される:応援か批判か、二択に寄る
  • プロフィール化する:好きが「属性」になり、固定されていく

本来、嗜好は変わるし、揺れるし、日によって表情が違う。
だけどSNSの場では「一言で言える自分」が求められやすく、結果として「好き」が痩せていくことがある。

だからこそ、SNSと別に、ゆっくり語れる場所が必要になります。


安心して語れる場所の必要性:語りは“技術”であり“環境”である

嗜好を語るのに必要なのは、勇気だけじゃありません。
安全な環境と、語りを支えるルールが要ります。

たとえば、こういう要素。

  • 否定しない/笑わない(まず尊重する)
  • 断定しない(「つまり〇〇だよね?」を急がない)
  • 本人の言葉を優先する(外側のラベルで上書きしない)
  • 守秘と距離感(どこまで共有される場なのかが明確)
  • 失敗できる(言い間違い、説明不足を許す文化)

安心は、空気ではなく設計できます。
そして“設計された安心”があると、語りは驚くほど深くなる。


メディアとしての役割:feti+Plusは「翻訳」と「避難所」を両立したい

feti+Plusが担いたい役割は、大きく言うと2つです。

1)翻訳者であること

「好き」を直接さらけ出せないとき、言葉の橋を架ける。
体験や感性を、社会と衝突しにくい言い方に置き換える。
それは薄めることではなく、守るための翻訳です。

2)避難所であること

誰かの嗜好を、面白半分で消費しない。
“変わっている”を売りにせず、“変わっていると言われた経験”も含めて抱える。
ここでは、嗜好が笑いの的ではなく、人生の質感として扱われてほしい。

嗜好やフェチは、ときに「説明できない自分」を抱えたまま生きることでもあります。
メディアができるのは、正解を与えることじゃない。語れる言葉の棚を増やすことだと思っています。


feti+Plusの思想:「好き」を恥にしない。「好き」を武器にしない。

最後に、feti+Plusの基本姿勢を、はっきり書いておきます。

  • 「好き」を恥にしない:語れない日があっても、語りたくなったら戻ってこられる場所に
  • 「好き」を武器にしない:誰かを傷つけたり、見下したり、踏み台にしない
  • 「好き」を固定しない:変わっていい。揺れていい。言い直していい
  • 「好き」を一人にしない:共感の輪も、沈黙の余白も守る
  • 「好き」を丁寧に扱う:過激さではなく、質感と背景を語る

「好き」は、人生の中で意外と大きな割合を占めています。
日々の選択、気分、自己肯定感、人との距離感。
だからこそ、言葉にできると少し楽になるし、誰かの言葉に出会うと救われる。

feti+Plusは、その“救われる瞬間”を増やしたい。
あなたの「好き」が、ここで少しでも呼吸できますように。